大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(う)1246号 判決

控訴人 検察官

被告人 松本正 外六名 弁護人 秋山泰雄 外四名

検察官 浜邦久

主文

原判決を破棄する。

被告人松本正を懲役一年に、その余の被告人ら六名をそれぞれ懲役八月に処する。

被告人七名に対し、この裁判確定の日から二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

原審(但し、証人渡辺良一、同山田昇男に対し昭和五三年一一月三〇日にそれぞれ支給した分を除く。)及び当審における訴訟費用は被告人七名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検察官検事五味朗が差し出した横浜地方検察庁検察官検事渡邊芳信作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人秋山泰雄、同山本博、同伊藤幹郎、同中村清、同岡田尚が連名で差し出した答弁書並びに答弁書訂正補充書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、概要次のようにいう。

原判決は、各公訴事実に沿う原審第一〇回ないし第一四回公判調書中の証人佐藤理八の供述部分が信用性に欠けるとしてこれを排斥したうえ、(一)公訴事実第一の逮捕監禁罪について、「被告人らは、いわゆるスト権奪還ストを控えて、同判示横浜中央郵便局内の全逓信労働組合神奈川地区本部横浜中央支部書記局において、同支部執行委員会を開き、組合のストライキ権奪還闘争問題等を討議していた際、その内容を同郵便局第一保険課課長の佐藤理八に盗聴されたという疑惑を生じたことから、組合員の組合役員に対する信頼やその団結権を擁護する目的のもとに、同人に対して盗聴の事実の有無、盗聴した内容を聞き糺すために、同郵便局第二保険課事務室に赴き、そこにいた同人に対して書記局への同行を求めたが、その際、被告人松本と同久川の両名がそれぞれ佐藤理八の両側から、その腕に自らの腕を組んで同行したにすぎないものである。そして、他方佐藤理八も、先刻書記局前の廊下で、右の会議を立ち聞きしていたところを目撃されたことのうしろめたさから、何とか弁明しようとして、自らの意思で抵抗することなく、書記局への同行に応じたものである。したがつて、被告人らが佐藤理八の身体的自由を拘束したということはできない。また、佐藤理八が書記局内に約六時間にわたつて留まつたのも、自らの意思によるものであつて、同人の書記局外への脱出を阻むような行為はなんら存在しなかつたのであるから、被告人らが同人の書記局外への脱出を不可能又は著しく困難にした事実はない。加えるに、被告人らには監禁の犯意も認められない。」旨を、また(二)公訴事実第二の暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害罪について、「被告人松本、同石黒の各暴行行為と、被告人三島、同石黒、同久川の各脅迫行為が認められるだけで、しかも、それらはいずれも突発的、偶発的に行われたものであるから、被告人らの間に右暴行、脅迫につき共謀や共同実行の意思が存在したとは認められない。また、傷害の点は、医師が佐藤理八の主訴のみに基づいて診断した疑いがあつて、傷害の存在を認めるに足りる証拠がない。かりに、頭部に傷害が存在したとしても、それに結びつく暴行行為を被告人らが加えた事実は認められない。」旨をそれぞれ認定したうえ、被告人松本、同石黒、同三島、同久川の右暴行、脅迫行為は、目的において正当で、手段も相当であつて、利益衡量の結果均衡を失しないものと認められるから、違法性を阻却し、罪とならないものである旨を判示した。しかし、原判決は証拠の取捨選択を誤つた結果、事実を誤認するに至つたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

というのである。そこで各公訴事実ごとに、原判決の事実認定の当否について検討を加えることとする。

一  公訴事実第一(逮捕監禁)について

(一)  原判決は、本件被害者佐藤理八が原判示のとおり被告人らから、なんら身体の自由を拘束されることなく、自らの意思で書記局への同行の求めに応じた旨を認定し、その事実認定の証拠としてこれに沿う原審第二五回公判調書中の証人渡辺良一、同第二六回公判調書中の証人五十嵐政美、同第二七回公判調書中の証人角田菊雄、同第三二回公判調書中の被告人松本、同第三三回公判調書中の被告人今、同久川、同第三四回公判調書中の被告人石黒、同坂田、同三島の各供述部分を挙示している。そこで、まずこれら関係諸証拠の信用性について検討してみなければならない。

1  右の関係諸証拠の信用性を明らかにするため、最初に、佐藤理八が原判示のとおり被告人らから書記局への同行を求められた際、果たしてなんらの抵抗をも試みることなく、自らの意思でこれに応じたものと認めるべき事情が存在するか否か、いいかえれば、佐藤理八と被告人らとは、これまでどのような間柄であつたか、また、被告人ら全逓の組合員が佐藤理八に対して書記局への同行を求めた際の雰囲気が、どのようなものであつたかという点から検討を進めることにする。原審第一〇回ないし第一四回公判調書中の証人佐藤理八の供述部分、当審第四回ないし第一八回公判調書中の同証人の供述部分、原審第七回ないし第九回公判調書中の証人伊奈正夫の供述部分、同第三一回、第三二回公判調書中の被告人松本の供述部分並びに同第三四回公判調書中の被告人石黒貞彦、同坂田克己の各供述部分によると、次の事実が認められる。

被告人らは、いずれも本件当時全逓信労働組合神奈川地区本部横浜中央支部の組合員であり、佐藤理八は、当時横浜中央郵便局第一保険課課長として、被告人らに対して使用者側の立場に立つ管理者であつた。そして、被告人らは、佐藤理八が昭和五〇年七月甲府郵便局から横浜中央郵便局に着任後、同人が前任地において、全逓を敵視する行動を重ねていた旨を全逓甲府支部の役員から聞知していた。また、佐藤理八は横浜中央郵便局に着任後、病気休暇をとつた組合員に対して薬袋の提示を求めたり、右第一保険課の朝礼の時刻を三〇分間繰り上げて実施したり、保険の不正募集に関する当局と組合間の確認事項を記載した三角塔を組合員の職場の事務机上から取り除くよう命じたりしたが、さらに、本件の発生する直前である昭和五〇年一一月四日午後五時過ぎ頃から、被告人坂田ら全逓の組合員多数が、佐藤理八の直属の部下である海老塚憲司に対し、全逓に加入するよう説得活動をしていた際、佐藤理八は右の組合員らに対して、勤務時間中であるからやめるよう注意したり、あるいは説得活動が行き過ぎであるとして注意に及んだ。このようなことから、被告人らは佐藤理八のこれらの言動が、労使間の合意や職場の慣行を無視するものであり、あるいは、オルグ活動に対する妨害行為であるとして、同人に対する反感を募らせていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する被告人松本の当公判廷における供述は措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。そして、被告人ら組合員多数が本件当時、すなわち、昭和五〇年一一月四日午後七時五分頃、折柄横浜中央郵便局第二保険課事務室にいた佐藤理八の周囲を取り囲んだ際、その場の雰囲気がかなり殺気立つたものであつたことは、原判決の認定判示するとおりであつて、このことはその挙示する諸証拠によつて明らかである。してみると、もし通常の管理者が、かねてから前記のような労使間の厳しい対立関係を背景に反感を募らせている相手方当事者である組合員多数から、殺気立つた態度で詰問され、書記局への同行を求められたうえ、たとえそれが原判決の判示するように軽度のものであるにせよ、実力をも行使されるに至つた場合には、他に特段の事情が存在しないかぎり、唯々諾々としてその要求に応ずるとは到底考えがたいところである。かかる場合、管理者としては、組合員らの要求に応じて単身で書記局への同行に応ずれば、そこで日頃自分に反感を抱いている多数の組合員らから厳しい詰問や追及を受けるであろうことは当然予想されるところであるから、これに畏怖ないしは困惑してその要求を拒み、書記局内へ連れ込まれないよう極力抵抗するのが通例であろうと思われる。

2  そして、この点について原判決は、佐藤理八が先刻原判示のとおり書記局前の廊下で立ち聞きしていたところを被告人今らに見とがめられたうしろめたさから、何とか弁明しようとして自らの意思で抵抗することなく立ち上がり、書記局へ同行することに応じたものであるという。

(1)  なるほど、被告人今は原審第三三回公判期日における尋問に対し、「自分が書記局において全逓横浜中央支部の執行委員会が開かれていた本件当日の午後七時頃、右執行委員会を中座して書記局出入口のドアを開けて廊下に出ようとした際、ドアから約一メートル先の廊下中央付近に佐藤理八が立つているのを発見した。自分が『なにしているんだ。』といつたら、『何もしていないよ。』といつてトイレの方へ逃げ出したので、立ち聞きしていたと思つてこれを追い、さらに廊下で佐藤理八の肩に手をかけ、『ちよつと待て、お前そこで何していたんだ。立ち聞きしていたのか。』と詰問した。これに対して佐藤理八は、『いやトイレに来ただけだ。』といつてトイレに入つたので、自分もこれを追つてトイレに入り、便器の前に立つて小用を足す格好をしている佐藤理八の背後から、『なんだお前、小便なんか出てねえじやねえか。』といつて詰問した。」旨を供述している。また、証人渡辺良一も原審第二五回公判期日における尋問に対し、「自分が本件当日の午後六時五〇分頃書記局において行われていた執行委員会を中座して廊下に出て、自動販売機でタバコを買うなどして数分後、再び書記局に通ずる廊下まで戻つてきた際、佐藤理八が書記局のドアの前に立つているのを認めた。その時ドアが開いて書記局のなかから被告人今が出て来て、佐藤理八に対し、『なにしているんだ。』と聞くと、同人は『何もしていないよ。』といいながら自分のいる方にやつてきて、トイレに入つて行つた。そのあとから被告人今がトイレに入つて行つたので、自分もこれに続いてトイレに入り、被告人今と一緒にこもごも便器の前に立つている佐藤理八の背後から、『おい、なにしてたんだよ。』といつて詰問した。」旨を供述している。さらにまた、証人山田昇男も原審第二五回公判期日における尋問に対して、「本件当日の午後六時五〇分頃、三階のトイレに寄つて手を洗つていた際、廊下から怒鳴り合うような声が聞こえてきた。それは、被告人今と渡辺良一の声がかちあつていたものと思われる。やがて、佐藤理八、被告人今及び渡辺良一の三人がトイレに入つてきた。佐藤理八が便器の前に立ち、その背後に被告人今と渡辺良一の二人がともに立つて、『なにやつていたんだ。聞いていたんじやねえか。』と大声で詰問していた。」旨を供述している。

(イ) しかし、これらの各供述を相互に対比してみると、その間にかなり重大な齟齬や矛盾が発見されるのである。すなわち、もし証人渡辺良一や同山田昇男の供述するように、渡辺良一がすでに職員の多くが退庁した後の午後七時近い時刻にトイレ附近の廊下や、他に人のいないトイレ内において、被告人今とともに小用中の佐藤理八の背後に接するような位置で、こもごも同人を詰問した事実があるとするならば、被告人今も、当然その際、渡辺良一の存在に気づいたはずである。ところが、被告人今は、原審第三三回公判期日における尋問に対し、当時渡辺良一の存在に全く気づかず、同人の存在に気づいたのは、佐藤理八がトイレから立ち去つた後のことである旨を供述しているのである。また、被告人今はトイレに至る廊下において、佐藤理八に対し一方的な詰問、追及を加えた旨を供述しているのであるし、また他方、証人渡辺良一は原審第二五回公判期日における尋問に対し、トイレ附近の廊下においては、佐藤理八を詰問した事実はない旨を供述しているから、これらの供述によれば、証人山田昇男が供述するように、同人がトイレにおいて、廊下で興奮して怒鳴り合うような声がするのを聞くなどということは、もともとあり得ないはずである。右に指摘した各供述間における齟齬や矛盾は、決して供述内容の枝葉末節の部分について生じたものではなく、供述者が当時体験した事実の本質的な根幹部分に関するものであるから、かかる齟齬や矛盾は、本来起こり得ないはずのものであつて、右の各供述は、既にこの点において破綻を生じているというべきである。それゆえ、渡辺良一、山田昇男及び被告人今が、果たして当時、廊下及びトイレにおいて、それぞれ供述するような事実を、真実目撃したか疑わしいものといわなければならない。

(ロ) また、原審第一〇回ないし第一四回公判調書中の証人佐藤理八の供述部分、当審第四回ないし第一八回公判調書中の同証人の供述部分、原審第二五回公判調書中の証人渡辺良一の供述部分、同第二六回公判調書中の証人五十嵐政義の供述部分、同第三三回公判調書中の被告人今の供述部分によれば、被告人らが多数の組合員らとともに、昭和五〇年一一月四日午後七時五分頃以降、六時間余にもわたつて書記局において、佐藤理八に対し立ち聞きした事実の存在を認めるよう追及した際、被告人今も佐藤理八に向かつて、「立ち聞きしていたではないか。」「そのとき自分と視線が合つたではないか。」「そのときお前は腰をかがめて何かを拾うような素振りを示したではないか。」「トイレで小便をする真似をしただけで、現実に小便をしていなかつたではないか。」という趣旨の事実を指摘して執拗に自認を迫つたことが認められる。被告人今が佐藤理八に対して示したかかる執拗な追及の態度や詰問に際して指摘した事実の内容にかんがみると、被告人今や渡辺良一が真実、それぞれ供述するように書記局前の廊下で立ち聞きしている佐藤理八を目撃したうえ、その場所からさらにトイレまで逃げる同人を追つて行き、その間に詰問を加えた事実が存在したとするならば、被告人今はもとより、渡辺良一も当然に、佐藤理八に対して、同人が立ち聞きしていた事実の存在のみならず、さらにその後逃げる同人を追跡して詰問を加えた事実の存在にも触れた追及を試みたであろうと思われる。ところが、被告人今の佐藤理八に対する詰問、追及の内容は、前記のとおり同人が書記局前で立ち聞きしていたという点と、その際に同人の示した態度を指摘することのみに終始し、それ以上に右のように同人を追跡して詰問を加えた事実の存在に触れた追及は全くなされず、また、渡辺良一に至つては、佐藤理八に対し、なんらの追及をも試みなかつたことは、前掲の諸証拠に照らして明らかである。してみると、本(1) 項の冒頭に記載した被告人今らの各供述の内容には、同被告人や渡辺良一が佐藤理八に対して示した追及の態度や、その具体的内容にそぐわない不自然な点が認められるのであつて、この点からも、佐藤理八が立ち聞きしているところを目撃した旨の被告人今並びに証人渡辺良一の前記各供述の信用性に疑問を抱かざるを得ないのである。

(2)  そしてさらに、なによりも注目すべきことは、本(ロ)項の冒頭に掲げた諸証拠のほか、原審第二六回公判調書中の証人市川武男の供述部分によつて明らかなように、佐藤理八が書記局において、六時間余という長い時間にわたつて被告人ら組合員多数から、暴行、脅迫行為を交えた執拗な追及を受けたにもかかわらず、ついに最後まで立ち聞きした事実の存在はもとより、被告人今からそれを見とがめられた事実さえも認めず、これを否定し通したという点である。佐藤理八が被告人らの追及に対して示した右の態度にかんがみると、そこには原判示のように、同人が立ち聞きしている現場を目撃されたことにうしろめたさを感じ、また、その点について弁明をはかろうと考えていたであろうことを窺うべき余地は全く発見できないのである。そして、証人佐藤理八も原審並びに当審公判期日における尋問に対し、立ち聞きした事実並びに被告人今から見とがめられた事実の存在を否定しているばかりでなく、他に、佐藤理八が被告人ら組合員に対して、右の点にうしろめたさを感じ、そのことについて弁明し、または弁明をはかろうと考えていたことを認定するに足りる証拠はない。

3  このようにみてくると、佐藤理八については、原判決のいうように自らの意思で書記局への同行の求めに応じたものと認めるべき特段の事情が存在したものとは考えられない。してみると、被告人らの同行の要求に対し、佐藤理八がなんらの抵抗をも試みることなく、自らの意思でこれに応じたとする原判示事実に沿う前掲の関係諸証拠は、いずれも経験則に反する不自然、不合理なもので、信用性に欠けるといわざるを得ないのである。

(二)1  そこで、原判決が排斥した本件各公訴事実に沿う原審証人佐藤理八の供述の信用性について、あらためて検討を加えてみなければならない。原審第一〇回ないし第一四回公判調書中の証人佐藤理八の供述部分、当審第四回ないし第一八回公判調書中の同証人の供述部分は、その内容それ自体に徴しても、原審第五回、第六回公判調書中の証人川島久夫の供述部分、同第一五回、第一六回公判調書中の証人真間昭三の供述部分と対比してみても、なんら齟齬、矛盾する点はなく、各公訴事実に沿う限度において、十分これを信用することができる。原判決は、証人川島久夫の右供述が佐藤理八の抵抗している場面を目撃したという事実に関するものではなく、また、証人真間昭三の右供述についてはあいまいな点が多いうえ、原審第七回ないし第九回公判調書中の証人伊奈正夫の供述部分と対比して齟齬が認められるから、いずれも措信しがたい、という。しかし、証人川島久夫は、「佐藤理八が被告人石黒ら五、六名の組合員らに取り囲まれていたため、具体的な抵抗行為は目撃できなかつたものの、同人が大分もがいている様子が感じられた。」旨を供述しているのであつて、その限りにおいて右の供述は信用することができる。また、証人真間昭三の供述については、目撃した事実と、これに基づいて推測した事項とが明確に区別されていて、その内容にあいまいな点は認められない。そして、真間昭三は伊奈正夫とともに本件現場に駆けつけたものの、同人よりも一瞬到着が早かつたため、両者の目撃した状況に差異が生じたものであることは、証人真間昭三の右供述からこれを窺うことができる。したがつて、両者の目撃状況に関する供述内容に時間的間隔に基づく差異があるということは、右供述の信用性を否定すべき事由とは認められない。また、当審弁護人は、本件各公訴事実に沿う証人佐藤理八の前記各供述部分はいずれも信用性がない、と主張し、その例証として、同証人が原審第一〇回公判期日と当審第六回公判期日における尋問に対し、「私は同四日午後七時五分頃、被告人らほか数名の組合員によつて第二保険課事務室から廊下に連れ出されようとした際、あらかじめあそこにつかまつて抵抗しようと考え、右事務室の出入口に設置されている二枚のドアのうち、出入口に固定されていた右側ドアの内側ノブをつかんで連れ出されまいとしたが、被告人らによつて直ぐに引き離されてしまつた。」旨を供述しているが、司法警察員作成の昭和五〇年一二月八日付検証調書によつて明らかなように、出入口に固定されている右側のドアには、ノブが取り付けられていない、という事実を指摘し、かかる点に徴しても、同証人の供述内容が虚偽であつて、信用できないものであることは明らかである、という。なるほど、同証人の右の点に関する供述が、客観的事実と矛盾することは、当審弁護人の指摘するとおりである。しかしながら、同証人は、当審第一二回公判期日における弁護人の反対尋問に対し、「さきに、ドアのノブにつかまつたと供述したのは、記憶の誤りであつたことに後日気づいた。私がつかまつたのは、さきに供述したドアの端の部分であつた。」旨を供述し、右の矛盾部分を自ら訂正しているのである。そしてさらに、同証人が原審公判期日から当審公判期日に至るまでの尋問に対し、第二保険課事務室から廊下に連れ出された後、書記局に連れ込まれるまでの間に試みた抵抗行為として、「トイレのドアのノブにつかまろうとしたが、被告人ら組合員によつて廊下の中央部にひき戻されたため、これを果たさず、次いで、廊下の片側に裏返しにして積み上げてあつた机の脚をつかんだが、そのつかんでいる手を被告人ら組合員によつてひき離され、さらに、書記局内に引き込まれまいとして、書記局出入口のドアの縁につかまつて抵抗した。」旨を供述しているのであつて、このようにドアのノブや、その縁などにつかまつたり、あるいは、つかまろうとするなど同種の抵抗行為を繰り返し試みた旨の供述をしていることにかんがみると、右の供述の矛盾は、当審弁護人のいうように、意図的にした虚偽の供述であることを露呈したものというよりも、むしろ単に、同証人の記憶の混同によつて生じたにすぎないものと認めるのが相当である。したがつて、右の点は、同証人の供述全体の信用性を否定すべき事由とは認められない。また、証人佐藤理八が当審第一七回、第一八回公判期日における尋問に対し、「本件当時、書記局出入口のドア外側に、『スト権は生きる権利だ』と記載された垂れ幕が貼つてあつた旨を原審第一三回公判期日における尋問において供述したのは記憶違いに基づくもので、当時、右の垂れ幕は貼られてはいなかつた。」旨供述した点が、たとえ、弁護人所論のように、客観的事実に反するものであるとしても、それは、未だ同証人の供述全体の信用性を否定すべき事由とは認め難く、他にその信用性を否定すべき事由は認められない。

2  そして、信用しうる前掲の諸証拠を総合すると、次の事実が認定できる。すなわち、

被告人らは、佐藤理八が先程書記局前の廊下で立ち聞きしていた旨の被告人今の発言を聞くや、同人に対して日頃反感を抱いていたことから、同人が書記局内で開催中の全逓横浜中央支部執行委員会の状況を立ち聞きしていたとして、同人を追及すべく、他の十数名の組合員とともに、その身体の自由を拘束してでも書記局へ連行したうえ、同所から脱出できないようにしようという意思を相通じたうえ、昭和五〇年一一月四日午後七時五分頃、原判示郵便局第二保険課事務室で、佐藤理八が同課課長代理の椅子に腰掛けて、同課課長の川島久夫と話しているところへ、被告人松橋を除くその余の被告人らが被告人石黒を先頭に他の数名の組合員らとともに入つて行つた。まず、同被告人が佐藤理八に近づき「おまえ何をしたんだよ。こつちへ来い。」といつて、いきなり佐藤理八の腕をつかんで椅子から立たせようとした。そして、四、五名の組合員が佐藤理八の両脇を抱えたり、あるいは、その背後から押し、または両手を引張つて、廊下の隅に積み重ねてあつた机の脚をつかむなどして抵抗する同人を引きずつて、無理矢理書記局内に連れ込んだ。

以上の事実が認められ、右の認定に反する原審第二五回公判調書中の証人渡辺良一の供述部分、同第二六回公判調書中の証人五十嵐政美の供述部分、同第二七回公判調書中の証人角田菊雄の供述部分、同第三二回公判調書中の被告人松本の供述部分、同第三三回公判調書中の被告人今、同久川の各供述部分、同第三四回公判調書中の被告人石黒、同坂田、同三島の各供述部分、被告人松本、同今、同久川、同石黒の当公判廷における各供述はいずれも措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、被告人らが佐藤理八を連行する際に通つた右事務室の通路の幅員が約一・三メートルで、書記局前の廊下にスチール製机等が置いてあつたため、その部分の有効幅員が一メートルに満たなかつたという事実は、右の認定を左右すべき事由とは認められない。

(三)  原判決は、被告人らの監禁行為を否定し、その理由として、佐藤理八は約六時間にわたつて書記局に留めおかれたものの、主観的側面からみても、また客観的側面からみても、書記局外へ脱出することが不可能又は著しく困難な状態にあつたとは認められず、また、被告人らについては監禁の故意の存在を認めることもできない旨を判示する。そして原判決は、その主観的側面に関する事情として、佐藤理八が書記局に連行された後、困惑しながらも無理に書記局外へ退去することはできないと自ら考え、当局と組合との交渉によつて事態の解決されるのを待つていたのであり、また、立ち聞きした疑いをかけられているといううしろめたさから、その弁解に努めていたものである旨を指摘し、さらに、その客観的側面に関する事情として、本件当時、書記局出入口のドアは終始施錠されていたものとは認められず、また、組合員らがつねに佐藤理八の周囲を取り囲んでいたわけでもないから、同人が書記局から退出することは自由にできたはずであり、現に小用のため書記局を出てトイレに行つた際も、その逃走を防止する措置は講じられていなかつた、という。

1  しかしながら、佐藤理八が原判示のように立ち聞きしているところを目撃されたことにうしろめたさを感じ、また、かかるうしろめたさに基づく弁解を試みようとした事実を認定するに足りる証拠がないことは、すでに一(一)項において判示したとおりである。そして、原審第一〇回ないし第一四回公判調書中の証人佐藤理八の供述部分、当審第四回ないし第一八回公判調書中の同証人の供述部分、原審第七回ないし第九回公判調書中の証人伊奈正夫の供述部分、同第一五回ないし第一六回公判調書中の証人真間昭三の供述部分、同第一七回ないし第一九回公判調書中の証人桜井源三の供述部分によれば、次の事実が認められる。すなわち、

佐藤理八が被告人ら多数の組合員によつて書記局内に連れ込まれた直後、組合員のうちの誰かが「鍵をかけろ。」という指示をした。それに基づいて、組合員によつて、書記局出入口のドアに施錠がなされ、その後もそこに施錠の番人がおかれていて、組合員らが出入りするつど錠の開閉がなされたが、佐藤理八もかかる状況を認識していた。佐藤理八は書記局に連れ込まれた後、被告人らから、「立ち聞きしたことを紙に書け、書けば帰してやる。」と要求されたが、これを拒否した。その後、佐藤理八は同四日の午後八時頃に至り、「一応説明したので帰るから。」といつて出入口の入へ向かつて歩きかけたところ、そこにいた組合員から足を蹴りつけられたうえ、「とんでもない。」と云つて実力で元の位置まで戻された。その後も、佐藤理八は同日午後九時頃、同一〇時半頃及び同一二時頃の合計四回にわたり、書記局から退出しようとしたが、そのつど、同人を監視中の四、五人の組合員らに身辺を取り囲まれたため、出入口に近寄ることさえできなかつた。

以上の事実が認められる。右認定に反する原審第二五回公判調書中の証人渡辺良一の供述部分、同第二六回公判調書中の証人五十嵐政美の供述部分、同第二七回公判調書の証人角田菊雄の供述部分及び同第三二回ないし第三四回公判調書中の被告人七名の各供述部分並びに被告人松本、同久川の当公判廷における各供述はいずれも措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、佐藤理八が六時間余にわたつて書記局内に留まつたのは、原判決のいうように同人の自由な意思に基づいて自発的に留まつていたものではなく、被告人ら組合員による監視や実力行使のほか、出入口のドアに施錠されることによつて、書記局から退出しようとする行動の自由を制約され、そこに留まることを余儀なくされた結果であることは明らかである。また、たとえ原判決のいうように、書記局出入口のドアに施錠のなされていない状態が続いている時期があり、そして被告人ら組合員の者達が、そこから自由に出入りしていたとしても、あるいは、被告人らが終始佐藤理八の周囲を取り囲む態勢をとつていなかつたとしても、前記のとおり同人が書記局から退出しようとすれば、そのつどこれを監視中の四、五人の組合員によつて周囲を取り囲まれるため、出入口に近寄ることさえできなかつたのであるから、やはり同人が書記局から退出することの不可能な状態におかれていたことにかわりはないはずである。それに、当時右のドアの外側には組合員である渡辺良一が書記局の出入りを監視していたことは、右事実の認定に供した各証拠によつて明らかなところであるから、この点からも佐藤理八の書記局外への退出が物理的に可能であつたということはできない。

2  また、なるほど、佐藤理八は本件当日である同四日の午後一〇時三〇分頃、小用のため書記局を出てトイレに赴いた後、再び書記局に戻つて来たことは原判決の認定するとおりであるが、前記(三)1の事実認定に供した諸証拠によれば、その際の状況は次のとおりであつたことが認められる。すなわち、

佐藤理八が被告人らに対し、トイレに行かせてほしいと申し出た際、被告人らは口々に、「逃げられてしまう。」「バケツにさせろ。」「輪ゴムで結えてしまえ。」などと云つた挙句、佐藤理八にラウドスピーカーを持たせて、そのマイクに向かつて、「これからトイレに行き、また帰つて来ます。」と言わせて、小用を済ませた後、再び書記局に戻つてくることを約束させた。そのあと、全逓神奈川地区本部の山本執行委員が書記局から廊下に出て、佐藤理八の解放を求めてそこに集つていた管理職員らに向かつて、「これから課長を便所に行かせるが、戻ると言つている。手出しはしないだろうな。」と言い、これに対して同郵便局庶務課長の伊奈正夫が、「手を出さない。」と答えた。山本執行委員は書記局にいた約二〇名の組合員らを廊下に呼び出して、これらによつて廊下にいた管理職員らをその両側に排除させてから、廊下中央に手をつないで二列に並ばせたうえ、その間を被告人松本が先導して佐藤理八をトイレに行かせ、同様の状態で書記局に戻らせた。他方、その際佐藤理八も、組合員らがあらかじめ廊下にいる管理職員らに対して、もし自分の奪回を図つたら、とんでもないことになるから、一切手出しをしてはならない旨を申し入れている事情を察知して、トイレに往復する途中から逃げ出すことは困難であると考え、トイレに行つた後、再びそのまま書記局に戻るに至つた。

以上の事実が認められる。右認定に反する原審第二六回公判調書中の証人五十嵐政美の供述部分、同第二七回公判調書中の証人角田菊雄の供述部分、同第三二回公判調書中の被告人松本の供述部分、同第三三回公判調書中の被告人今の供述部分及び同第三四回公判調書中の被告人石黒、同三島の各供述部分並びに被告人松本の当公判廷における供述はいずれも措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。したがつて、佐藤理八としては、書記局を出てトイレに行つた後、再び書記局に戻つたからといつて、それが同人の自由な意思に基づく行動でないことはもとより、その途中で書記局へ戻るのを拒否することが、心理的、物理的に可能な状態にあつたとは到底いえない。それゆえ、佐藤理八は同四日の午後七時五分頃、被告人らによつて書記局に連れ込まれてから、翌五日午前一時二〇分頃に至つて解放されるまでの間、出入口のドアに施錠をされ、あるいは、書記局にいる被告人ら組合員らに監視されることによつて、書記局外へ脱出することが不可能ないしは著しく困難な状態におかれていたことは明らかである。また、かかる長時間にわたり、佐藤理八の身柄を拘束した点について、原判決のいうように被告人らに対する帰責を妨げるべき事由は発見できない。

3  さらに、さきに(二)2項に認定判示したとおり、被告人らはこの間、十数名の組合員らとともに書記局において、佐藤理八を室外に脱出させないようにしようという意思を通じ合つたうえ、その監禁行為に及んだものであるから、監禁の故意を有していたことは明白である。原判決が、被告人らに監禁の故意が存在しなかつたことの事由として指摘する(イ)佐藤理八を書記局に同行したのは、他の管理者らによつて佐藤理八に対する追及を妨害され、混乱が生ずるのを防止するためであり、(ロ)書記局内においては、同四日の午後八時頃まで被告人松本らが佐藤理八に対する立ち聞き行為の追及に費やし、同八時頃、全逓神奈川地区本部の執行委員市川武男から組合員に対して書記局に待機するようにとの指示があつた後は、当局側との交渉成立まで待機の態度をとつていたものであるという事情は、いずれも被告人らの監禁の故意が存在したことを否定すべき事由とはならない。

二  公訴事実第二のうち共同暴行、脅迫行為の存否について

(一)  佐藤理八が、被告人らを含めて十数名の組合員らから、同四日の午後七時過ぎから翌五日の午前一時過ぎまでの間、書記局においてこもごも暴行、脅迫行為を加えられた旨の原審第一〇回ないし第一四回公判調書中の証人佐藤理八の供述部分は、その内容に徴しても、また、当審第四回ないし第一八回公判調書中の同証人の供述部分、原審第七回ないし第九回公判調書中の証人伊奈正夫の供述部分、同第一五回、第一六回公判調書中の証人真間昭三の供述部分及び同第一七回ないし第一九回公判調書中の証人桜井源三の供述部分と対比してみても、後記認定事実に沿う限度において、十分にこれを信用することができる。なお、原判決の指摘するように、暴行の被害を受けた時刻の点に関する原審証人佐藤理八の供述中に、同真間昭三の供述と矛盾する点が存在するとは考えられない。またそのほか、原判決が原審証人佐藤理八の供述は信用性に欠けるとし、その事由として指摘する諸点は、いずれも証拠上肯認しがたいものであるから、これらをもつてその信用性を否定することはできない。そして、右の各証拠を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

被告人七名を含む組合員約二〇名は、佐藤理八を書記局に連れ込んだうえ、同四日の午後七時一三分頃から翌五日午前一時二〇分頃までの間にわたり、書記局において同人を取り囲み、被告人松本において、「立ち聞きしていたな。白状してしまえ。」「誰に頼まれた。」と詰問し、被告人今も「俺と会つたではないか。腰をかがめて何か拾う素振りをしていたじやないか。」といつて追及した。そして、被告人らは佐藤理八に対し、「立ち聞きしていたことを紙に書け。書けば帰してやる。」と申し向けたが、同人が立ち聞きした事実を否定してこれに応じないため、被告人ら七名を含む組合員約二〇名は、佐藤理八に対し、立ち聞きした事実を認めさせるため、その圧力として同人に対し、共同して暴行、脅迫行為を加えようとの意思を互に相通ずるに至つた。これに基づいて、被告人松本が佐藤理八の胸倉をつかんだうえ、突きとばす暴行を約三回にわたつて加えた。さらに、被告人坂田も佐藤理八の着ているワイシヤツの襟首をつかんでゆさぶり、同人の着衣をつかんでその頭部を背後に置かれていたスチールロツカーに打ち当てる暴行を加えたほか、他の組合員らも佐藤理八の頭部や顎を小突く暴行を加えた。また、被告人松橋は、佐藤理八の左脇腹を手拳で一回突く暴行を加えた。またこの間に、被告人石黒が「腕をへし折つてやる。」、被告人久川が「袋叩きにしろ。」、被告人三島が「ロープを出せ、ロープで首つりだ。」とそれぞれ佐藤理八に申し向けて同人を脅迫した。

以上の事実が認められる。右認定に反する原審第二六回公判調書中の証人五十嵐政美の供述部分、同第二七回公判調書中の証人島田幸夫、同角田菊雄の各供述部分、同第三二回公判調書中の被告人松本の供述部分、同第三三回公判調書中の被告人今、同久川の各供述部分、同第三四回公判調書中の被告人石黒、同坂田、同三島、同松橋の各供述部分及び被告人今を除くその余の被告人らの当公判廷における各供述はいずれも措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  なお、原判決は、被告人ら七名と他の十数名の組合員らとの間には、佐藤理八に対し共同して暴行、脅迫行為を加えることについての共謀の存在を認めることができないという。しかしながら、さきに認定したとおり被告人らは他の十数名の組合員とともに、佐藤理八に対して、立ち聞きした事実を自認するよう迫つたが、同人がこれを否定して一向にこれを認めようとしないため、同人に対し一層の圧力をかけるべく、共同して暴行、脅迫を加えようとの意思を相通じたうえ、これにもとづいて前記の犯行に及んだものであることが明らかである。また、原判決は、佐藤理八が被告人らの追及を受けていた最中の同四日午後七時五〇分頃、同郵便局次長の梶田勝二と電話した後、立ち聞きした事実についての態度を豹変したため、被告人らが突発的に抗議の行動として脅迫行為に及んだものであつて、意思相通じてかかる行為に及んだものではないという。しかしながら、佐藤理八が被告人らの追及に対して一貫して立ち聞きした事実を否認しとおしたことは、これまでに説示したとおりである。したがつて、佐藤理八が立ち聞きした事実を一旦認めたうえ、梶田次長と電話後右の自認を飜したものとは認められない。それゆえ、右の共同暴行、脅迫行為が、抗議行為として突発的に発生したものとみる余地はなく、前記の共謀に基づくものであることは明白である。

三  公訴事実第二のうち傷害罪の成否について

原判決は、被告人らの共同暴行行為によつて頭部外傷及び右鎖骨部の腫脹、圧痛が生じた事実を否定し、その理由として次のようにいう。すなわち、佐藤理八が当初診断に当たつた当直医に対して、右側腹部痛のみを訴え、頭部や鎖骨部の痛みを訴えていなかつたばかりでなく、その後、佐藤理八の診断に当たつた鈴木元実医師も、頭部と鎖骨部の腫脹の存在を佐藤理八の主観的な訴えのみによつて認めたのではないかとの疑いもあるため、佐藤理八が果たしてかかる傷害を負つていたか否かが疑わしい。また、脳波の異常が存在したとしても、それと頭部の右腫脹との間の因果関係も明らかではない。さらに頭部の腫脹を生ぜしめるような被告人らの共同暴行行為の加えられたことを認めるに足りる証拠もない、というのである。

しかし、原審第二四回公判調書中の証人鈴木元実の供述部分、同人作成の診断書及び労働者災害補償保険患者診療録写によると、鈴木元実医師が同月五日午前九時過ぎに横浜市神奈川区大口通り一三四番地所在の鈴木病院において、佐藤理八を診察した際、同人は頭部全体の痛みを訴えていたうえ、頭部右前部と右鎖骨の部分に腫脹の存在が認められたこと、さらに、同医師は脳波検査を実施した結果、頭部右側から生ずる脳波が、頭部左側から生ずるそれに比して少なかつたことから、同医師は頭部に何らかの外力が加わつたものと認め、局所の疼痛のほか、さらにそれによつて生ずる疼痛をも含めた意味で三〇日間の安静療養を要する頭頸外傷が生じたものと診断し、これより先の同日午前一時五〇分頃、右鈴木病院において当直医が佐藤理八を診断した結果、右の診療録に記載した「右側腹部痛」という病名の記載を、「頭頸外傷胸腹部挫傷」と訂正し、さらにその二、三日後に至り、その後、腰痛をも生じたため、右の記載を「頭頸胸腹部腰外傷」と訂正したことが認められる。したがつて、鈴木医師が単に佐藤理八の主観的な訴えのみに基づいて頭頸外傷と右鎖骨部の腫脹の存在を認めたということはできないし、また、右の認定事実によつて窺われる佐藤理八が当初診断にあたつた当直医に対して頭部の痛みを訴えなかつたという事情は、頭頸外傷そのものの性質上、必ずしもその存在を疑わしめる事由とは認められない。そして、なるほど右前頭部に存在した腫脹が、果たして被告人らのうちの誰による、また、いかなる暴行行為によつて生じたものであるかは、証拠上明らかではない。しかしながら、右の腫脹と脳波の異常を伴う頭頸外傷が、少なくとも前記のとおり書記局において、被告人らから加えられた一連の共同暴行行為によつて生じたものであることは、原審第一〇回ないし第一四回公判調書中の証人佐藤理八の供述部分、当審第四回ないし第一八回公判調書中の同証人の供述部分によつて明らかである。そして、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  違法性阻却事由の存否に関する原判断の当否について

原判決は、佐藤理八が前記組合書記局における支部執行委員会の会議の内容を盗聴していたことは疑いがないところであると断定したうえ、盗聴されたとの疑惑が生じた以上、同人に盗聴の有無、内容等を追及するために行われた被告人らの本件各行為は、その保護しようとする組合に対する信頼や団結権擁護の法益と右暴行、脅迫によつて生じた法益侵害とを対比しても均衡を失せず、実質的違法性を欠くから、刑法三五条により違法性が阻却される旨判示している。ところで、原判決の認定した「盗聴」行為の具体的態様は、その判文に徴すれば、要するに、書記局前の廊下で同室の出入口ドアから約一メートルくらい離れた位置に横向きに佇立し、首を垂れるような格好をしていた、というに帰する。「盗聴」という表現が用いられてはいるが、書記局内に盗聴器を仕掛けるという特別の手段を講じたものでないことはもとより、同室の出入口ドアに耳を当てることすらしておらず、管理者側の者を含む一般人が自由に通行できる庁舎内廊下において、しかも書記局のドアから約一メートルも離れた位置で、書記局内から廊下に不用意に漏れてくる話し声があれば、これを「立ち聞き」しようとしたというにとどまるのである。確かに、書記局を使用する組合員らは、ドアを閉じている以上、同室内における討議の内容等が外部に知られないであろうと推定して行動する自由を有し、また、その意思に反しみだりに外部からそれが聴取されることのない自由も保障されるべきであつて、健全な労使関係の維持のためには、相互の情報収集活動にもおのずから節度とフエアプレイとが要求されるべきであろう。しかし、管理者の立ち聞き行為によつて、組合側の秘密事項を知られることが、たとえ組合員らの内心の意思に反するとしても、それが、盗聴器を仕掛けて行う盗聴行為のように、明らかに相手方の自由意思に影響を与え、その自由な行動を制約する実力の行使等を手段とするものでない限り、これによつて直ちに労働組合のプライバシーや団結権・団体行動権など憲法の保障する権利自由を侵害したということができないことはもとより、組合活動に対する支配介入にもあたらないというべきである(管理者が立ち聞き行為によつて得た情報を、その後当局側が労務政策に種々利用した場合などに、その措置が支配介入に当たるか否かは、また自ら別個の問題である。)。したがつて、それは権利侵害行為や不当労働行為ということのできない、放任された情報収集活動の範ちゆうに属する行為にすぎないものといわなければならない。それゆえ、かりに佐藤理八が前記態様の立ち聞き行為に及んだ事実があつたとしても、これに対して被告人らが正当防衛はもとより、自救行為や正当行為の名のもとに、逮捕監禁や共同暴行、脅迫行為に及ぶことの許されないことはいうまでもないところである。況して佐藤理八については、実力や心理的影響力の行使に比すべき行為を手段とする盗聴行為に及んだ事実の存在しないことはもとより、さきに指摘したとおり単なる立ち聞き行為に及んだことさえ認め難い状況であるから、被告人らの本件各行為の違法性が阻却されるとした原判断の失当であることは明らかである。

五  結論

以上に説示したところから明らかなように、本件各公訴事実はいずれもその証明が十分であるといわなければならない。それにもかかわらず、本件公訴事実第一については、逮捕監禁の故意並びに行為が認められず、同第二については、一部の被告人らによる一部分の暴行、脅迫行為が認められるだけで、被告人七名と他の十数名の組合員との間における共謀も、また、共同暴行、脅迫行為並びに傷害の事実もすべて認めることができないとしたうえ、認定しうる一部の暴行、脅迫行為についても、実質的違法性がないから、いずれも罪とならない旨を判示して被告人らに無罪を言い渡した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわなければならない。論旨は理由がある。

よつて、法令の解釈適用の誤りの主張(控訴趣意第二)についての判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れない。そこで、刑訴法三九七条一項、三八二条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人らは、いずれも神奈川県横浜市西区高島二丁目一四番二号所在の横浜中央郵便局に勤務していた郵政事務官であつて、被告人松本は全逓神奈川地区本部横浜中央支部の支部長、被告人石黒は同支部の副支部長、被告人久川は同支部の書記長、被告人坂田、同三島、同松橋、同今はいずれも同支部の執行委員であつたが、かねてから右郵便局第一保険課長である佐藤理八の全逓所属の組合員らに対する日頃の言動が、労使間の合意や慣行を無視するものであるとして、同人に対する反感を募らせていたところ、

第一昭和五〇年一一月四日午後七時五分頃、佐藤理八が右郵便局書記局前の廊下で、折柄書記局で開かれていた全逓横浜中央支部執行委員会の状況を立ち聞きしていたとして同人を追及し、これを認めさせるため、他の十数名の全逓の組合員らとともに同人を書記局内に連れ込んで監禁しようとの意思を互に相通ずるに至つた。そこで、被告人松橋を除くその余の被告人らと数名の組合員らは、右の共謀に基づいて、被告人石黒を先頭にして、同郵便局第二保険課の事務室内に入つて行き、折柄、同所の椅子に坐つて第二保険課長の川島久夫と話していた佐藤理八に近づき、同被告人が、「お前、何をしたんだよ、こつちへ来い。」といいながら、佐藤理八の腕をつかんで椅子から立たせ、同時に四、五名の組合員が佐藤理八の両脇や腰部付近を抱えるようにして、抵抗する同人を引きずつて無理矢理書記局内に連れ込んだ。そして、被告人ら七名と十数名の組合員は、右の共謀に基づいて、直ちに書記局の出入口の扉に施錠して佐藤理八を監視し、翌五日午後一時二〇分頃までの間、同人をして書記局から脱出を不能ならしめ、もつて同人を不法に逮捕監禁した

第二同四日午後七時一三分頃から翌五日午前一時二一分頃までの間、右書記局において、佐藤理八に対し、こもごも立ち聞きしていた事実について追及したが、同人が立ち聞きした事実を否定して、これを認めようとしないため、その事実を認めさせるため、他の十数名の全逓の組合員とともに同人に対し共同して暴行、脅迫行為を加えようとの意思を互に相通ずるに至つた。そこで、被告人らは右の共謀に基づいて他の十数名の組合員らとともに、右の時間内に書記局において、佐藤理八に対し、こもごも「立ち聞きしていたな。白状してしまえ。」「袋叩きにしろ。」「ロープで首つりだ。」「腕をへし折つてやる。」「こんなのは暴力じやない。本当の暴力を教えてやろうか。」などと申し向けて、同人の身体に危害を加える旨を告知して脅迫するとともに、同人の襟首をつかんでゆさぶり、同人の着衣をつかんでその後頭部を背後のスチール製ロツカーに打ち当て、頭部や顎を小突き、その左脇腹を手拳で突くなど数人共同して暴行脅迫をなし、よつて、右暴行により、同人に対し加療約二週間を要する頭頸外傷、右鎖骨部腫脹の傷害を負わしめたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(刑訴法三三五条二項の主張に対する判断)

弁護人らは、被告人らの前記行為が、重要な議題のかかつていた執行委員会の盗聴という組合の団結に致命的な混乱・動揺をひき起こしかねない事態の発生に対して、団結権防衛のため、緊急やむを得ずなした行為として正当なものであり、違法性を阻却する旨を主張する。しかしながら、右の主張にあらわれた佐藤理八の立ち聞き行為の存在が肯認し難いものであり、また、かりに存在するとしても、それが違法ということのできないものであることは、さきに説示したとおりであるから、その主張はすでにその前提を欠くというべきである。それゆえ、右の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人らの判示第一の所為はいずれも刑法六〇条、二二〇条一項に、同第二の所為はいずれも包括して同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、いずれも同判示第二の所定刑中懲役刑を選択し、右はいずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条によりいずれも重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした(ただし、いずれも短期は第一の罪の刑のそれによる。)刑期の範囲内で、被告人松本を懲役一年に、その余の被告人らをそれぞれ懲役八月に処し、本件が労使関係をめぐる紛議の一環として生じたものであることなど諸般の情状を考慮して、いずれも同法二五条一項を適用して被告人七名に対し、この裁判の確定した日から二年間それぞれその刑の執行を猶予し、原審(但し、証人渡辺良一、同山田昇に対し、昭和五三年一一月三〇日にそれぞれ支給した分を除く。)及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告人ら七名に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 片岡聰 裁判官 仙波厚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例